(スコール……)
俺に呼びかけるこの声を知っている。
いや、知っているのか?
記憶には無い。
だが……。
(スコール……)
少女の声。
ああ、そうか。
俺はこの声を知っている。
この声の主を……。
なぜ、忘れていたのだろう。
一人で生きてきたと信じていた自分に、待っていてくれる彼女がいて、俺が本来居るべき世界で俺の帰りを待っている。
あの、約束の場所で――。
泣きそうな声で俺を呼んでいる。
空気の読めなさはティーダ以上だし、迷惑をかけられる度合いはもしかするとバッツといい勝負。
だが、一般的に見ても普通に可愛いし。
何より、正真正銘の女性だ。
待っている人が居たという事実の発覚は単純に嬉しい。しかしそれ以上に、相手が女性であることに酷く安堵した。
……これで。
自分の性癖を疑う必要も、その異常な性癖にバッツを付き合わせることも無くなる。
いや、そもそも……もうバッツと会うことは無いだろう。
「主を失った駒は、闇に消える定め」というエクスデスの言葉が正しいならば、俺達は全員が闇に溶けて消え行くのだ。
仮に少しの希望を持てるのだとしても、自分の世界の記憶の蘇りは、この異説の世界からの強制送還を意味しているのではないだろうか。
彼女の声を頼りに進めば、暗闇の先に自分の世界という出口が見つかるのかも知れない。
もしも、自分の世界に戻れるのであれば
悩みの無い明日が待っている。
光溢れる未来。
……。
それは楽な道だろう。
だが、このままおめおめと戻るのは、やはり不本意だ。
戦に敗れて逃げ帰るようではないか。
選択する権利など俺には無いだろうが、それでも……。
コスモスを守れず、この世界を救えなかった。
カオスを前に、自分の無力さをまざまざと見せつけられた。
どれほど悔やんでも、悔やみ足りない。口惜しい。
自分のふがいなさに腹が立つ。
願わくば、この絶望の闇から再度異説の世界へ戻り、きっちりと借りを返したうえで、胸を張って自分の世界へ帰りたい。
それに、……叶うなら、もう一度バッツに会いたい。
自分がノーマルだと分かった今なら、冷静にバッツと相対する事が可能だろう。
会って、……今までの非礼の数々をきちんと詫びておきたい。
擬似恋愛とでも言うのか。
男だけの学校や軍隊などでは少なくない悪しき慣習だと、小耳に挟んだことがある。
ガーデンに女性が居て良かった、という流れからそういう話になったのだったか。
言っていたのは、ゼルかアーヴァインか、または他のヤツか。
ことの詳細などは覚えていない。
ただ、少し想像して「気色が悪い。好きなヤツは勝手にすれば良いが、俺を巻き込むな」と露骨に嫌悪を覚えたものだ。
そんな著しい嫌悪感を忘れ、男であるバッツを好きになることに何ら抵抗が無かっただけでなく……。
……同性から性的な関係を迫られるなど、バッツのおぞましさは半端無かっただろう。今なら容易に想像できる。
本当にすまないことをした。
それでも、突っ撥ねるどころか懸命に俺を庇ってくれたのは、バッツだからか。
事柄の本質から言えば、誰でも良かったはずの相手にバッツを選んだ自分を、褒めてやりたいとさえ思う。
許されるなら、もう一度……。
自分が犯した愚かな過ちは、自分の手で償いたい。
このまま、敗者として終わりたくない。
「いや! 終わりたくない!」
「戦ってわかったんだ」
「どんな絶望の中でも―――あきらめちゃダメなんだ!」
闇の淵に、一番若いオニオンの声が響く。
それは恐らく、10人全員の思いだ。
――導くのは、クリスタルが放つ奇跡の光か。
《FIN》